2009年7月10日 (金)

自分らしさは謙虚に追い求めるべし。

近日、都内某放送局の役員から、「何故我が国の中高年齢者はスーツ姿が素敵にならないか?」との問いかけを頂戴しました。氏は、所謂団塊の世代、私より大分先輩にあたられるが、二十年来友人付き合いをして下さっています。

私は、以下のように答えさせてもらいました。

まず、素敵さとか美しさというのは、品とか所作に由来して他人に印象づけられるもので、生まれつき持っている人間と持っていない人間がいます。それを論じるのは、花の美しさを論じるようなもので、悲しいかなどのように努力しても、持っていない者にはその種の素敵さとか美しさを手に入れることはできません。

次に、環境による醸成というものがあります。能役者や茶道家が、五歳になると稽古を始めて、同じ所作を何度も何十年も反復練習して、不惑に到ってやっとその所作は自然に、優美に磨き上げられ、他人に美を感じさせることができます。同じようにスーツも、良いものを着続ける生活を送り続けて、はじめてエレガントな着こなしや所作が身に着くのです。

この二つともが無ければ、つまり、学生生活が終わってスーツに身を包むようになり、仕事着と割り切って作業着のように着倒す生活を続けてきたものが、或る年齢に到って経済的事情が好転したからといって、いきなり高価のものを身に纏っても、却ってお里が知れる醜態を晒すことになってしまうのです。「三十路の手習い」というのは、その修練を始めることの遅さから、モノにならない無駄を敢えてすることを哂う言葉ですが、これは習い事だけでなく着こなしについても言えることなのです。

しかし、西欧の男性などは、生まれや経済状況に関わらず、年齢を重ねた人の装いの方が素敵ではないか!?とおっしゃる方達もいらっしゃるでしょう。その通りです!では、その違いはどこにあるのでしょうか?

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それは、自分自身に対する正直さと謙虚さにあります。日本人男性の中高年齢者の多くには、決定的にこの点が欠けています。よく、「仕事で成功なさった方はいい顔をしている」という言われ方をしますが、それは、貫禄やその余裕が生み出す表情であって、醜男が美男子に変じた訳ではないのです。俄かに廻りに人が集まって来るのは、お金回りが良くなったからで、その人が魅力的に変身したからではないのです。有る物や得た物が、無い物をカバーしてくれると考えるのは、この世代の方達に特に顕著な甘えであり、傲慢さです。だから、160cmそこそこの人が同じカットで同じ素材の服を着れば、ショーン・コネリーみたいになれると誤解したり、自分がひとかどの人間になったと誤解してしまい、会社を定年退職すると年賀状が激減して惨めな思いをしたりしてしまうのです。

誤解しないで頂きたいのは、私は、だから持っていない者は無駄な努力をするな、と申し上げているわけでは有りません。しかし、成人男子たるもの三十も過ぎれば、自分に無いもの、不得手なもの、欠点を客観的に把握しているべきであり、「三十路の手習い」である上に、体格も男前も無ければ、そのハンデを自覚し、それでも目指すという覚悟が必要となるのは当然のことですね。自分の稼いだものをよすがや言い訳としてそこに逃げ込まず、苦労自慢をして金銭が容姿や人間的魅力をカバーするなどと独りよがりな思い込みをせず、自分の顔には、身長には、姿勢には、どんなカットの、どんな色柄の服が似合うのかを真摯に考察して、着こなしに努力する、そんな謙虚さこそが必要で、それが西欧人男性にあって、日本人男性の多くに欠けているものなのです。

或る意味で、日本人男性は自分をごまかすのが上手なのでしょう。「素敵でありたい」という想いが、屈折して表現されてしまうのかもしれません。仕事の出来る、その会社では出世頭である、あまり見た目が素敵ではない知人が、お洒落や華やかな時間が如何に不必要かということを、とても理論的に断定的に話すのを聞いてあげたことがありますが、とても悲しく寂しい話しでありました。そんなことより、「どうして自分は、そういう場所に誘われないのか?」を考えた方がいいよ、とは言えませんでしたが(笑)。

他人にとっては、自分の人生に於ける努力や成功など、どうでもいい話ですし、興味を持ったり褒めてあげたりする義務は無いのです。まして、その程度のことで他人の尊敬を得ることが出来るなどと本気で思っているとしたら、いい年齢をして甘ったれるにも程があります(笑)。他人に素敵だと思われたければ、自分に合った自分なりの自分造りを、人目を気にせず自分なりに黙々と続けるしかないのです。そして、それが自分造りだという意識が無くなる頃には、装いと所作は自然で美しくなり、他人はその人を素敵だと思うでしょう。

かの大人は私の話しを聞くと、「う~ん、いままで深刻に考えたことは無かったけれど、自分らしくってことは、なかなか世の中で軽く言われているほど簡単なものじゃなくて、手のかかる盆栽みたいなものなんだね~。」と。私は、長い付き合いの人生の先輩が、このことに関して有資格者であったことが、とても嬉しかったのです(笑)。

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2009年6月23日 (火)

Black in the Dark.

先日、知人の若者に「黒の礼服ってダサいですよね~。」と同意を求められて困ってしまいました。確かに、日本人がネクタイだけを白と黒で取り替えて、慶事と弔事の両方に着込む黒の礼服は、お世辞にも素敵だとは言えません。しかしこれは、黒の礼服の素材や仕立て方、そして着こなし方によるものだと私は思っています。

まず、黒の上下に白のシャツ、白や黒のタイという組み合わせは、最もコントラストが強い組み合わせですから、素材の質が際立って見えてしまいます。黒の礼服は、戦後の貧しい時期に安価な既製品としてスタートしましたが、今尚、その影響で安価な量販店か、安売りコーナーにしかありません。これでは、どうしても貧相に見えてしまうのは仕方がないことなのです。タキシードやテイルコートを、なぜスーツよりも高価な生地で仕立てるかをお考えになれば自明のことです。

戦後の物の無い時期には、安価であることと、慶弔事にオールマイティに着用できる利便性が受け入れられたのでしょう。それともう一つ、和服の礼装が黒紋付であることも、黒のスーツを礼服として着ることを日本人に受け入れさせた大きな理由でしょう。そもそも、黒と白の組み合わせ自体は、悪くないのです。フォーマルな席には、黒と白のモノトーンの組み合わせが最も合いますし、エレガントです。タキシードやテイルコートを着て、ボーイのように見えてしまうか、VIPのように見えるかは着こなし次第で、やはり、それらを着用する本人の問題でしょう。

慶弔事ができて、慌てて黒のスーツが必要になり、普段は着ないから安物でいいと量販店に走り、タイもシャツも靴下もいっぺんに揃えるような心がけでは、黒の礼服云々ではなく、服を素敵に着こなすことなど不可能というものでしょう。第一、その礼事を主催する方達に対する思い遣りにももとるでしょう。

誂えであっても既製品であっても、悪くない生地を使った身体によく合ったスーツを選び、白のシャツは少し贅沢な生地を使ったものを選んで、白のタイの替わりにシルバー系のマックルズフィールドやスピタルズフィールドの生地のタイを、黒のタイの代わりには黒のフレスコ織りのタイなどを合わせると、とても端整で素敵になると思います。黒のシルクの靴下に、よく磨かれた黒のオックスフォードシューズを合わせることは言うまでもありませんね。慶事ならば、シャツを薄いブルーのストライプにしたり、タイをボウタイにしてみるのも素敵です。エレガントなカフリンクスがあれば尚いいでしょう。

要は、黒のスーツだけを特別なものであると考えずに、ダークスーツの一つだと考えれば、おのずと呪縛から離れられるのではないかと思います。黒の礼服=ダサい・格好悪い、という短絡な考えではなく、「ダサいと言われているものでも、俺が着ればカッコいい。」くらいの意気を持って頂きたいものです。現在の日本の若い男性に欠けているのは、まさにこういう独自性、覇気ではないかと思います。この点、女性は元気なんですけれどね~(笑)。

因みに、この黒の礼服ですが、略礼服などと言われていますが、正礼装でも準礼装でもありません。ダークスーツと同等なフォーマリティーしか持っていませんのでお間違えのないように。もう一つ、以前ボウタイについて書かせて頂いた折に、メールを頂戴しましたので、この場を借りてお答えしておきますが、オーケストラの指揮者や楽団員の演奏時の服装は、礼装ではなく「楽装」と言います。違いは、招待客や主催者の装いが礼装で、楽装は召使のそれに近いものであって、加えて演奏の妨げにならないように独自の着崩しが慣習として許されていますので、くれぐれもフォーマルな装いの折りに、ご自分の装いの直接のご参考にはなさらないように・・・。

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2009年6月11日 (木)

反省ザル。

反省猿が反省しております。ハイ、私のことであります。

資料を整理していて出て参りましたのが、下の写真です。9年ほど前に或る雑誌のインタビューを受けて、掲載されたものです。

今、読み返してみると・・・、なんだかなぁ~(笑)・・・と。いちばん話したかったこと、伝えたかったことが記事になっていないのです。

誤解の無いように書いておきますが、ライターの方が勘違いしておられるとか、雑誌がそうだとかいうことは全くありません。ただ、この雑誌のこの号は、「男の靴とは!?」みたいなテーマがあり、色々なジャンルの方が靴について語った訳でして、私の仕事とその環境からすれば、このような表現になるのだろうと思います。

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当時は、今世間で流行の本格靴が、その兆しを見せ始めた頃で、イタリアン・クラシックの重衣料が大流行していました。そんな中で、私としては、ダークスーツやフォーマルの「きちんとした」装い方について、靴を一例としてお話しましたし、伝えたかった訳なのですが、考えてみればそれは無理なお話でした。沢山の営利企業が広告を出しており、その広告とこうした記事によって、一足でも多くの靴を売ろうとしており、雑誌というものがその上に立脚している以上、一人の人間の思いなど反映される筈が無いですよね。

それで、何を反省したかと申しますと、「自分の伝えたいことは、自分の言葉で、自分の力で伝えなければ、決して伝わらない」、ということです。他人の言葉を借りて、他人のメディアの上で、他人の資本に乗っかって、「ほんの少しは伝わるかもしれない」なんて、ちょっぴりでも考えた私は、大甘チャンの大馬鹿者でした。また、装いをどうするかなどということは、その人その人の「本人の意識や心がけの問題」であって、自分以外の人間に対してどうこう言うことではないということが、頭では解っていても身に着いていなかったのですね。

でもですね、そんな私などを取り上げて下さったこの雑誌、骨のあるいい雑誌だったのですよ。残念ながら、廃刊になってしまって、今は無いのですが。雑誌のスタッフの方達も、資本の力に押し切られずに、何とか伝えるべきものを伝えよう、という熱意がある方ばかりでしたし。そういえば、一昨年辺りから、男性服飾誌の休刊・廃刊が目立って多くなってきていますね。それはそれで、寂しいことです。

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2009年6月 9日 (火)

A面で恋をして。

とびきりのシャツに蝶ネクタイ ♪

花束を抱えて ♪

今夜君をさらいに行くよ ♪

大瀧詠一さんの「A面で恋をして」の一節です。デートかパーティーで、恋人を迎えに行く設定だと思いますが、男性はブラックタイなのでしょうか?それとも、キャンパスライフを楽しむ若者で、ジャケットに柄物のボウタイ姿でしょうか?

ホワイトタイやブラックタイのフォーマルな装いや、スーツやジャケットにボウタイを締めたスタイルには、花束が良く似合います。パートナーや恋人への、またはお祝いの席でのプレゼントとして、我が国の男性諸氏には、照れずにもっとボウタイを締め、花束を持って頂きたいものです(笑)。

さて、「とびきりのシャツ」って、どんなシャツなのでしょうか?何百番双糸の糸で織られた生地を使ったシャツ?それとも、長靴半島の小さな工房で、お婆さんやお爺さんがチクチクと縫ったシャツ?つまり、皆さんのワードローブで最も高価なシャツでしょうか?私は、それは違うと思います。皆さんが最も気に入っていて、着心地がよいと思っていて、そして、楽しい時や大切な時に、無意識に選んで着てしまっているシャツのことだと思います。

そんな、「とびきりのシャツ」には、他のシャツよりも少しだけ贅沢をさせてあげませんか?クリーニングで水洗いと手仕上げを指定してもよいですし、自分で洗ってプレスするのもよいでしょう。パートナーや恋人がそれらを快く(笑)引き受けてくれれば、お任せするのもいいかもしれません。そうして大切にされたシャツは、安いドライクリーニングに出したシャツの五倍以上の寿命で、皆さんのココ一番!に応えてくれることでしょう。

日本では、これから上着を脱ぐシーンも多くなる季節ですが、シャツ姿がパリッとしている男性は、涼やかで端整に見えるものです。清潔で、身体に合ったシャツは、「シャツは下着だから・・・云々」を忘れさせるほど素敵で、また、上に着た上着も映えるものです。反対に、シャツが草臥れていたり、薄汚れていると、他のパーツがどんなに素晴らしくても、なんとなくその人をみすぼらしく見せてしまうものです。私は、「安っぽいクリーニング店に出しているとしか思えない、薄汚れた襟と袖は、彼の身に早晩ふりかかるであろう不幸の影を暗示していた」と書いた、アーノルド・ベネットは正しいと思っています。

週末はとびきりのシャツを着て、ボウタイを締め、花束を抱えて、皆さんの幸福のシンボル達と待ち合わせをしてみてはいかがでしょうか?

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2009年6月 4日 (木)

胸にいるべきハンカチーフ。

濡れた手を拭いたり、鼻をかんだり(日本人にはあまりいらっしゃいませんが・笑)するためにハンカチーフがありますが、上着の胸ポケットに挿すポケットチーフをこれと別のものと思っている方が多いようです。

結論から申し上げてしまうと、同じものです。昔は、男性の上着の左胸に、今の上着のようにポケットはありませんでした。ですからハンカチーフは、左の袖口(利き手と反対の)に挿し込まれていたのです。これが不便であったのでしょうか、それが全ての理由ではありませんが、上着の胸のポケットは、ハンカチーフを挿すために生まれたと言ってもいいのです。

ハンカチーフとポケットチーフを全く別のものと誤解させる原因は、ポケットチーフが実用のものではなく飾りである思われており、一部の服飾関係者達が「飾りであるから実際に使用してはいけない」とのたまっていることに因るようです。

これは、半分は正しく、半分は間違っているのです。飾りとして用いるか、実用として用いるか、どちらとしても用いるかは、各人の自由裁量です。~ねばならないということはありません。

では、実際問題としてどのように用いるかです。まず、実用にする場合ですが、以前の項でも申し上げましたが、男性の装いは周囲への思い遣りであり、礼儀でもあります。ですから、手を拭いて濡れた部分や汚れた部分が見えているのはNGです。かんだ鼻が見えるなどは論外でしょう。また、よく出し入れする訳ですから、しまい方、つまり挿し方もあまりい汚く挿すのはNGですね。使用した面を包み込んで、整然と畳んで胸にもどす。何かお気付きになりませんか?そう!四角や2ピーク、3ピーク、パフなどのポケットチーフの挿し方は、こうして生まれてきたのです。つまり、実用にする場合は、使用前後の処置をきちんとしていれば、自然と飾りとしても機能するのです。準備と後片付けがきちんとできることが大人の条件であるのと同じですね(笑)。

さて、飾りで用いる場合には使用しない訳ですから、重力の作用によってポケットの中に姿を消しそうになっているハンカチーフを、人目につかない場所でさりげなく整える以外にすることは無いと思えます。が!一つだけ覚えておかねばならないことがあります。洗面所やトイレ以外の衆人環視の中で、実用として別に持っているハンカチーフを取り出してはいけない、ということです。これも、以前の項で書かせて頂きましたが、男性の装いのアイテムというのは、その「スタイル」として常に実用的に見えなければいけないのです。故ハーディ・エイミス氏も生前よくおっしゃっていましたが、「胸ポケットにハンカチーフがありながら、別のハンカチーフを取り出すのは、男性が見せるもっともみっともない仕草である」のです。例えば、パートナーや恋人と屋外を散策する際、彼女が草の上やベンチに座る場合は、惜しげもなく胸から抜いて敷物として供さなければなりません。例えそれが、ネクタイよりも高価なシルクの上物だとしても。同じくパーティーなどでも、ご婦人や目上の方が必要とされている時は、躊躇無く引き抜いて供さなければなりません。飾りであるが故に、粋に伊達に用いなければならないのです。映画「恋に落ちたシェイクスピア」で、ラストに近いシーンで、水溜りを前にした女王陛下に男性が上着を脱いで水溜りにかぶせ絨毯変りに供する、あの心意気です。スタイルというものはアイテムによって完成するのではなく、装う人の振る舞いによって完成するものです。

最後に、ハンカチーフの色柄ですが、Vゾーンに合わせても合わせなくても構いません。素材もコットン、リネン、シルク、何でも自由です。その日の装いと穏やかな、落ち着いた調和がとれていれば、それでいいのです。ただ、ネクタイと共地のハンカチーフだけはNGです。理由は、用途の違いを考えれば自明ですね(笑)。フォーマルシーンでは、正礼装の場合は、一応、シルクかリネンの白と決まりごとがありますが、これも絶対的なものではありません。貴兄が、故イブ・サンローラン氏のように、タキシードに真紅のホーズを履いても周囲に不自然を感じさせない真の洒落者であれば、どのような色柄を選ばれようと思いのままです。私は、やや小振りで薄手の目の細かい純白のリネンのハンカチーフがお気に入りですが・・・。

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2009年4月 8日 (水)

男性の必須宝飾品。

宝石や貴金属で身を飾るのは、基本的には女性の範疇で、男性はあまり身に着けないものですが、ドレッシーな洋装に必須の宝飾品が一つだけあります。それは、カフ・リンクスです。年配の方はカフス釦などとおっしゃいますが、これは和製英語で、カフとは洋服の袖口のことをいいます。シャツの袖口を留めて閉じる(リンクする)ための宝飾品なので、カフ・リンクスというのです。

現在では、シャツの袖口には、片側に貝釦があり、もう片側が釦穴になっているのが普通ですが、カフ・リンクスを使うシャツは、袖口の両側が釦穴になっています。これは昔、シャツの芯地にとても硬いものが使われ、更に硬くするために糊付けされている頃には、貝釦では留め難く、貫通させる構造のカフ・リンクスの方が留め易かったことの名残りの仕様です。ですから、フォーマル度の高い装いには、必然的にカフ・リンクスを必要とする装いが多くなります。カフ・リンクスの起源は、十七世紀、或いは十九世紀半ばのフランスであるといわれていますが、諸説あって確かなことは判りません。ちなみに、貝釦で留める袖口を、バレル・カフといいます。

夜の正礼装である、イブニング・テールコートと準礼装であるディナーコート(タキシード)。そして、昼の正礼装である、モーニングコートは、カフ・リンクスで留める袖口のシャツを着用するのが決まりです。ダークスーツにも、カフ・リンクス仕様のシャツを着用した方が、よりドレッシーでエレガントになります。

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カフ・リンクスで留める袖口のシャツは、現在では、袖口を二重に折り返したフレンチ・カフ又はダブル・カフスと呼ばれるものが一般に多く知られていますが、これは、シャツに折り返しの襟型がうまれ、シャツの襟と袖口の芯地がより柔らかくソフト化していく傾向の中で、袖口が柔らかすぎるとカフ・リンクスが様にならないために生まれた、カフ・リンクスのための新しい仕様なのです。厚く硬い芯地の折り返さない袖口、シングル・カフの方がよりクラシックな仕様なのですが、扱いの面倒さから現在では殆ど見られなくなりつつあります。我こそは!と思われるクラシックスタイルの愛好家は、勇気を持って試されてはいかがでしょう。但し襟を、バランス的に、袖口に負けないシャキッと硬い襟にしなければなりませんが(笑)。

ここで一つだけ申し上げたいことがあります。既成のシャツの中には、バレル・カフの仕様でありながら、袖口の貝釦の横に釦穴があり、貝釦で留めることもカフ・リンクスを用いることもできるという、コンバーティブル・カフと呼ばれる仕様がありますが、これにはカフ・リンクスを用いず、バレル・カフとして着用して頂きたいのです。物事には、表と裏の二つの見方が出来るものがあり、どちらでも使えるということは、「便利である」と考えることも出来ますが、「節操が無い」という捉え方も出来ます。こと、装いに関しては、圧倒的に後者の場合が多いことを知っておいて頂ければと思います。

カフ・リンクスは、その日の皆さんの装いと、穏やかな調和がとれるような素材や色のものを選ばれるようお勧めします。間違っても、挨拶した途端に袖口に目が吸いつけられるような、派手であったり、腕周りの割りにゴツ過ぎたりするものを選ばれませんように。手首が細いのに、ゴツい腕時計が好きな日本人男性は、この点特に注意が必要だと思います。

フォーマルシーンのカフ・リンクスにも、少し着用にお気遣いが必要です。礼装ではモノトーンのカフ・リンクスが基本です。特に、昼の正礼装であるモーニングコートの場合は、シルバーやプラチナなどの銀色の金属製で、宝石などが埋め込まれている場合は、平面的にあしらわれたマザー・オブ・パールなどの白いものが「常識」となります。夜の礼装もこれに準じており、モノトーンの白よりが基本ですが、金の台座やブラックオニキスなどの黒い宝石も常識的な範囲となります。特に、準礼装のディナーコート(タキシード)は、より自由度が大きいので、色々な楽しみ方が出来るのですが、その分装いに熟慮が必要となります。カフ・リンクスが目立ち過ぎませんか?異性のパートナーの宝飾品を霞ませていませんか?夜会では、男性の最も大事な役目は、女性のエスコートであることをお忘れなく(笑)。

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2009年4月 6日 (月)

誰が袖にもの想う。

前回、上着の前釦の話を書かせて頂いたので、釦続きで(笑)、今回は袖の釦について書かせて頂きます。

最近は、男性服の量販店でも仕立て服の仕様などを取り入れて、色々と凝ったディテールを実現していますが、既成のスーツで最も多く目にするのが、本開き或いは本切羽と呼ばれる、袖の釦が実際に開け閉じできる仕様です。なぜ多く目にするかといえば、この釦の幾つかを外している人が多いからです。

スーツの袖釦は、前釦の縦配列+一個を配するのが普通です。つまり、シングルブレステッド三つ釦とダブルブレステッド六つ釦の場合は四つになる訳です。この袖釦が実際に開け閉じ出来るのは、上着を脱ぐことがとても無作法であると考えられていた時代に、腕まくりをするための名残りです。本開きであることが、必ずしも手の掛かった仕立てである訳ではありません。では、何故凝ったディテールであるといわれたり、服好きの一部の人達に受けるのでしょう?それは、袖に穴を開けてしまうと、袖丈の直しが困難になるため、袖丈が着る人にきちんと合っていなければならない、つまり仕立てたものであることの間接的な証明にできるからです。また、穴を開けた袖を直すには、上着の肩を外して直さねばならず、当然のことながら、袖の先端から丈を直すよりも高度な技術が要求されます。袖の本開きは、自分がそれができる仕立て屋さん或いは服屋さんの顧客であることの間接的な証明と出来るという訳です。

しかしながら、開ける必要も無いのに閉じておくべき釦を外して、袖が本開きであることを見せるというのは、とても無作法でだらしのない行為です、個人の好みといわれればそれまでですが、礼儀作法上はして頂きたくないものですね。例外的に、この所作が様になるのは、世間がその人を洒落者であると認知しており、かつ忙しくて開けたのを閉じ忘れたということをスマートに演出できる立場の人に限ります。以前のフィアット・グループの会長、ジョバンニ・アニエッリ氏が、シャツのカフの上から腕時計をしていたように。仲間内でお洒落とか、服好きとかいわれている程度の方達は、無様になるだけですので決してすべきではないと思います。

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この袖釦の本開き、カントリージャケットに施すのは、実はエキセントリックな行為であるということを知らない方が多いことにも驚きます。ツイードの生地などで仕立てるカントリージャケットは、猟をしたり釣りをしたり、野山を散策したりするための上着です。袖の釦は、銃を構えた時に音を立てたり、森の中で木や草などに引っ掛かったりして邪魔になりました。そのため、カントリージャケットの袖には釦をつけなくなったのです。ところが、今度は釦が無いために袖が早く擦り切れてしまうようになりました。そこで今度は、釦を一つだけ、それも前釦と同じ大きさの釦をつけました。釦の数が多いと邪魔になるからで、釦穴を開けると、釦を掛けるために釦の脚が長くなり、やはり邪魔になるために、本開きにはされませんでした。つまり、カントリージャケットは、本開きでないのが実用にもかなうクラシックなディテールなのです。80年代に流行った、デザインスーツの袖釦に大きな釦を少なく配するのは、このカントリージャケットのディテールの転用で、カントリージャケットに袖釦をズラズラとたくさん配して、釦穴を開けたりするのは同様の、良くいって前衛的蛮勇と申し上げるべきでしょうか(笑)。

本開きの袖釦が、その上着の素晴らしさを語っている場合も確かにあります。しかし、袖釦の穴の開いていないスーツが良くないということではありません。もっと全体的な着こなしや仕立て具合に目を向けられて、装いを楽しんでいただきたいものです。そして、どんなに素晴らしい仕立てでも、必要の無い時は上着の袖釦は閉じておいて欲しいものです。見る人が見ればわかるのですし、現金をたくさん持っているからといって、チーフをさす胸ポケットにお札を入れて見せびらかすような野暮は、しないにこしたことはないと思われませんか(笑)?

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2009年4月 2日 (木)

立てば掛ける、座れば外す。

「立っている時は必ず掛かっていて、座っている時は必ず外れているもの、なぁ~んだ?」というクイズではありません(笑)。はたして何かといえば、スーツの上着やジャケットなどの前釦のことです。基本的に、着席時は外れていなければなりませんし、それ以外の時は掛かっていなければなりません。ご存知でしたか?

また、掛け方外し方にも、上着の形や、スーツの構成によってルールや慣習が違います。まず、最も一般的なシングルブレステッド二つ釦の上着の場合は、着席時は全て外し、それ以外の時は上の釦を一つだけかけます。次に、90年代以降、日本でも若者を中心に急増したシングルブレステッド三つ釦の上着の場合は、やはり着席時は全て外し、それ以外の時は真ん中の一つか、上の二つだけを掛けます。シングルブレステッドの上着の場合は、いかなる事があっても一番下の釦は掛けてはいけません。これは、上着の長さが膝まであった頃に、全て掛けてしまうと歩き難くなってしまうため、下の幾つかの釦を外して着用した頃の名残といわれていますが、実際に現在でも、どんなジャケットも一番下の前釦は掛けないような仕立てになっているので、掛けると上着の腰から下が引っつれて皺が出て、前裾が美しくカーブしなくなってしまいます。

更に、シングルブレステッドの上着の場合は、着席時でなくとも、常に前釦を外していて構わない場合があります。それは、ベストを着用している場合で、三つ揃いのスーツであっても、オッドベストのセパレーツであっても、上着の前釦が掛かっていなくても無作法とはなりません。

ダブルブレステッドの上着の場合は、やはり着席時には前釦は外れていなければなりませんが、それ以外は例外無く前釦は掛かっていなければなりません。釦が掛かっている状況のルールはシングルブレステッドの上着よりも厳格です。実際に掛けられる外側の釦の数が二つ以上ある場合は、一番下の釦を外しておくのが粋な着こなしといわれていますが、全て掛けても無論構いません。ここまで書くとおわかりのように、ダブルブレステッドの上着の場合、立ち上がる際には最低でも内側の釦一つと外側の釦一つの二つの釦を掛けなければならず、この所作をさりげなく優雅にこなすには、ある程度着慣れていないと難しいでしょう。ダブルブレステッドの上着の前釦を全て外して闊歩するのは、もっとも無作法で野暮な装い方ですから、これだけはやめましょう。

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よく、テレビの報道番組などでは、キャスターの男性が、着席時に前釦をかけて喋っていたりしますが、これは厳密にはバッドマナーなのですが、昔、キャスターが立って喋っていた頃の名残りで、構図の殆どがバストアップなのは、立っていることの演出なのです。問題は、この報道番組のやり方を形式だけ導入したバラエティー番組で、机も無く、キャスターやタレントがスーツの前釦をしっかりと掛けて高い椅子に座り、脚をおっぴろげて喋っているのは、視聴者に対して無礼この上ないということを申し添えておきます。昔は、某国営放送の報道番組を見て、標準語を練習しろなどと言う方がいましたが、帽子の項でも書かせて頂きましたように、こと装いに関する限りテレビ番組を参考とするのは注意が必要です。

着席時に上着の前釦が掛かっていることは、それ以外の時に掛かっていない無作法よりは、はるかにマシであるといえますが、実際に試してみて頂くとおわかりになると思うのですが、上着にボコボコと変な皺や波うちが出てしまい、無様この上ない有様になってしまいます。これは、やはりどんな上着も、着席時には前釦を外すようなバランスに仕立てられているからなのです。シングルブレステッドの上着なら、釦たった一つを掛け外しする手間です、出来ればスーツという端整な服は優雅に美しく凛々しく装って頂きたいと願います。

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最後に、こうした装いの国際的な慣習やルールを知らない方が、特に年配の方に多くいらっしゃいます。上司に、「キミ!だらしないな!!背広の一番下の釦が掛かってないじゃないか!」といわれてしまった場合の対応は、ご自分でお考えになって下さい(笑)。スーツの装い方の慣習やルールは、発祥した国の王族や貴族の習慣や特性によるものが多く、ビジネスマンという社会的地位の割りに趣味の悪い男達の管理職ふぜいがとやかくいえるものではないのですけれどね。

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2009年4月 1日 (水)

蝶ネクタイは結ぶもの。

日本で蝶ネクタイと呼ばれているものは、正式にはボウタイ(BowTie)という名称です。結び上がりが蝶の羽根の形に似ているフォーマル用のものには、バタフライ(蝶)のサブネームを持つ形がありますが、日本ではかつて、一般的に蝶ネクタイを締める場は、フォーマルシーンが殆どでしたから、ボウタイ=バタフライになってしまって、和訳して蝶ネクタイとか蝶タイと呼ばれるようになったのでしょう。

このボウタイ、蝶の形に出来上がっていて、ベルトを首に回して、蝶の形の結びの根本にホックで引っ掛けて装うもの(メイドアップタイとかメイドアップボウといいます)、と思っている方が多くいらっしゃるのにはショックでした。

ボウタイも結ぶものです。この、メイドアップタイを使う習慣は、もうやめて頂きたいものです。そのくらい、出来合いのボウタイは無様なものだと思います。日本の或る著名なテーラーさんは、男性のワードローブには、チョークストライプのフランネルのダークスーツとネイビーのブレザーは必ず無くてはならないと法律化して欲しい(笑)とおっしゃっています。私もこれには大賛成ですが、それ以上にボウタイを結べない人はボウタイをしてはいけない、またボウタイを必要とする服装をしてもいけない、という決まりこそ法律化して欲しいと強く強く思っております(笑)。

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考えてもご覧になってみて下さい。ホワイトタイやブラックタイの夜会服は、男性の装いの中でも最もドレッシーでエレガントなものです。その装いの要とも言える部分に、ホックで引っ掛ける形の悪いボウタイがあるなどとは、嘆かわしくて泣きたくなるというものではありませんか。

民間放送のと或る局で、指揮者を目指す男の子とピアニストを目指す女の子を主役に、彼らの青春を描いた人気ドラマがありました。ややもすると堅苦しくなるクラシック音楽の何曲かを親しみやすくしてくれて、回を追う毎に指揮姿がサマになってくる端整なマスクの俳優さんと天才的で変態(笑)なピアニストを演じる女優さんの演技を、私もとても楽しませてもらいました。

ただ一点!指揮姿のテールコートの襟元が!!!やはり、この無様な引っ掛けの出来合いボウタイでした。設定によると、由緒ある財閥直系の母と、国際的ピアニストの父の間に生まれ、少年時代を欧州で過ごしたという主人公が、ボウタイを結べないなんてちょっと考えられませんもの。おそらく、製作スタッフにフォーマルウェアに詳しい方がいらっしゃらなかったのでしょうが、折角のいい筋立ても、ヨーロッパのコンサートホールの重厚さも、指揮台に立つ指揮者の襟元が映ると興ざめしてしまいます。映画化が進んでいるというお話ですので、映画ではしっかりと「結ばれた」白いタイを見たいものです。演じる端整な俳優さんには、とてもお似合いになることでしょう。

フォーマルのイメージが強いボウタイですが、スーツやセパレーツに合わせる柄物もあり、結び下げのネクタイと同様に装っても構いません。アメリカン・キャンパススタイルや、ジーンズ+ジャケットの装いにも、カラフルなボウタイはよく合います。春たけなわを迎えるこれからのシーズンには、その若々しい感じがとてもいいと思います。また、欧州では、老齢の学者さんがツイードの服などに合わせたりしていますが、これも素敵ですね。威厳ある雰囲気が堅苦しくなり過ぎず、適度に優しく柔らかいイメージになります。

皆さんも、是非ボウタイの結び方を覚えられて、装いを楽しまれて頂きたいと心から思います。因みに、きちんと結ばれたボウタイは、外す所作もなかなか粋なものですよ。

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2009年3月30日 (月)

ダブルブレステッドの三つ揃い。

現在では、三つ揃い(スリーピース)のスーツと言えば、ほぼ例外無く上着はシングルブレステッドです。人によっては、ダブルブレステッドの上着には、ベスト(ウエストコート)を合わせてはいけない、と言う方もいらっしゃいますが、あくまでも個人的好悪の見解で、スーツの装い方にその様なルールの来歴が有る訳ではありません。

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私は、ダブルブレステッドのスーツにも、ベストを合わせる装い方が大好きです。三つ揃いのスーツだと、座って上着の釦をはずした時の姿が美しく、ダブルブレステッドの上着だと、その美しさがシングルブレステッドの上着よりも一層際立つと思うのです。

1930年代の着こなしや、往年のハリウッドスタイルがお好みの方は、ダブルブレステッドの上着にシングルブレステッドのベストを合わせるのに憧れるかもしれませんね。ゴッドファーザーパート1での、マーロン・ブランド演じるビト・コルレオーネや、ドンになってからのアル・パチーノの、このスタイルのダークスーツ姿はとても素敵でした。

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私の好みは、ダブルブレステッドのベストです。イブニングテールコート(燕尾服)やモーニングコートに合わせられることが多いデザインのアレンジであるこのベストは、シングルブレステッドのベストに比べて、古典的な感じでより味わい深く感じられますし、ポケットウォッチの鎖を通す為の縦の釦穴もバランスよく配置できるからです。

ダブルブレステッドの上着にダブルブレステッドのベストという組み合わせは、元々はフロックコートの組み合わせで、フロックコートを直系の先祖に持つダブルブレステッドの上着にはとても相性がよく、座った姿をとても端整に見せてくれると思います。

この、ダブルブレステッドの三つ揃いを、上着の釦をかけるとベストが全く見えなくなり、着席する時に釦をはずして前身頃が左右に寛ぐとベストが顕れて、はじめて三つ揃いのスーツとわかる仕立て方をして、装いを楽しんでいます。

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